『ノスタルジア』の落書き帳

音楽ゲーム『ノスタルジア』に関して考えていることを、ちまちま書いていきます。一応Twitterもあります→@crt14display

『ノスタルジアOp.2』闇路の旅②と③

※この記事は音楽ゲームノスタルジアOp.2」のストーリー内容に関して、個人的な考察を記録する内容となっております。攻略情報や今後の更新予定などにつきましては、「Bemani wiki 2nd」、詳細な曲紹介を含んだ情報なら「ノスしるべ」の閲覧をお勧めいたします。私も非常にお世話になっております。

 ※また、2019年10月28日現在公開されている内容に基づいた記事となっております。つまりネタバレ全開となりますので、現在進行中の方はご注意ください。なお、この記事を作成した当初は②としておりましたが、多くの共通点ができたため③も併せて記載することとしました。

※「闇路の旅①」とも共通している部分がありますので、それは省略しております。また、「闇路の旅①」の方も修正を加えておりますので、よろしければご確認いただけると幸いです。

※解釈については以前までのストーリー考察記事の内容を基本的に踏襲しておりますが、依然として「これが正解だ」と主張するものではなく「この線ならある程度以上筋が通る」という観測に基づくものです。恐縮ですがご留意願います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「記憶の終着駅」での4分岐。最初はロボを選びましたが、10月17日に2人目のキャラクターを選べるようになりましたので、今回は少女を選びました。唯一死因が明確にされていなかったので、何か分かるかもと思って選んだのですが、そんなことはありませんでした。

 続いて10月24日に3人目が選べるようになったので、少年の方もストーリーを見ることができました。少女とはまた違う道を歩んでいくのかな、とも考えていたのですが、そんなこともありませんでした。

 

 さて、まずは解禁曲から触れてみたいと思います。少女ルートでの解禁曲名は「バッドエンド・シンドローム」。シンドロームとは症候群を示す言葉で、どうしてもバッドエンドに流される心境を表しているのでしょうか。ここでも少女の自責の念が見えてきます。一方、曲コメントは「それは少女が乗り越えた終末」。この旅を通して、バッドエンドの悪循環を断つ何かを手に入れたのでしょう。曲イラストでは「真夜中の湖畔」とそこ立つ少女を、夜空に輝く強い光が包んでおり、悲嘆から立ち上がる力強さを感じます。

 一方の少年ルートでの解禁曲名は「Philsomia」。おそらくこれは造語と思われます。「Philosophy」という哲学を示す言葉がありますが、これは「Philia(愛好する)」と「Sophia(智)」をくっつけたものです。これに倣って「Somnio(夢)を愛する」という曲名を付けたのではないでしょうか。曲コメントも「それは少年をつなぎとめた夢」とあり、少年の旅の完遂には夢という要素が深く関わっていたことが伝わってきます。イラストの方は「雨の街」に立つ少年の空に強い光が輝いています。「真夜中の湖畔」にしても、これらの場所は己の死を悟らされたという点で共通していると思われるので、死を越えてなお辿り着く「新しい未来」を(強い憧れの方の)夢として堅持し続けたのでしょう。家族との幸せな日々という未来を。

 そして、不思議なことに…でもないのでしょうか。少年の夢、少女の決意、双方が辿り着いた「新しい未来」は全く同じものでした。以下、ストーリーの展開です。

 

 闇路の果ての向こうに現れたのは、ある部屋の光景。子供部屋のようにも見えるのは、どこか可愛らしい家具や小物に彩られているからでしょうか。全景は後にはっきりします。

 そこに、闇を駆け抜けて降り立つ列車の姿。乗っているのは、少女のストーリーでは慰める手として、少年の方では嵐の日の記憶の中で登場した、母です。迷うことなく二人は抱き合い、乗り込む前に猫を呼びますが、やはり猫は首を横に振ってここに残ることを伝えました。この旅で出会った者は、一緒に外に出ることはできないのでしょう。

 再び出発した列車の中から目一杯手を振って猫に感謝を示し、二人を乗せた列車は闇の向こうに開かれた「新たな未来」へと消えていきました。

  目覚めると、そこはベッドの上。すぐ横には目覚めたことを涙ながらに喜ぶ母の姿がありました。まだ状況を掴めていないのか呆然としていますが、ふと、瞳から涙の粒が。

 そして蘇る、あの旅の記憶。

 想いを馳せるように見つめた窓の向こうを、列車が遠く走り去るのが見えました。

「あれは夢じゃなかったんだよ。夢のようだったけど」と告げるように。

 

 …以上でムービーは終了します。最後には同じように「episode 〇〇〇 fin.」とキャラクターの名前が表示されます。双子としか思えない名前の組み合わせでしたが、双子の確証はどこにも示されていません。

 

 ムービー自体は短い構成でしたが、少年と少女とで、それぞれ解釈は違ってくるでしょう。

 まず目立つのは服装の変化です。旅の中では帽子やマフラー、マントといったものでしたが、目覚めた時には少年のストーリーに出て来た過去の服装になっています。襟の色と母のリボンの色が同じになっている所に家族を感じますね。それはともかくとして、この変化がまず、「夢のような世界を旅していた」事実を象徴していると言えます。次にこの状況そのものですが、嵐の中で橋が崩れて落ちてしまったが一命を取り留めた、ということになろうかと思います。母の涙もそれを表しているでしょう。

 

 ここからですが、少女の場合考慮しないといけないのが、「真夜中の湖畔」で現れた、母に慰められながら泣きじゃくる場面です。私の解釈の場合、少女は嵐から生還したが双子の片割れは行方不明という流れがあり、その場面は少女の自責の念に対する母の慰めと理解しているため、エンディングでの少女は生還した直後まで戻ってきた(もしくはそこからやり直した)ことになります。

 少女の旅路の景色は「真夜中の湖畔」までは一貫して豊かで美しいものでしたが、どこか現実逃避を感じさせる要素がありました。「はじまりの森」「風の丘」「水晶の谷」…いずれも人の気配を感じにくい場所ですが、代わりの豊かな何かがその不吉な気配を上書きしてくれています。そして「小さな家」ではその美しさに対する不自然さが解禁曲によって強調されており、少女も自身の現実逃避をそこはかとなく感じたのではないでしょうか。

 少女は嵐から生還した後、自責の念に耐え切れずに結局逃避としての自死を選んだのではないかと推測しているわけですが、「真夜中の湖畔」の暗さは自死によって過去も未来も拒絶した少女自身を表しているように見えます。しかし、そこで彼女は母の愛の力強さを思い出します。色とりどりの蝶(旅の記録より)がその表れだったのでしょうか。選んだ死は避けられないとしても、今度こそ心折れずに生き抜いていきたいと強く望んだ結果として、嵐から生還した直後という「新しい未来」に辿り着けたのでしょう。(だとすると一つの未来を先に経験していることになりますね)

  単純に生還できて良かった、というよりも、自分の選択で家族を失った事実に向き合おうとする少女の力強い決意を感じるエンディングでした。

 

 少年の場合は、純粋に一命を取り留めて未来を勝ち取った、という流れで良いかと考えています。少年の旅の歩みを振り返れば、それは本人の自覚はともかく「死との戦い」だったのかも知れません。「旅立ちの海」にしても「砂の国」にしても、それらは基本的に人が住むには向いていない、もしくは生活できない環境です。それでも少年は海底まで潜り切り、砂漠を踏破しました。唯一「はじまりの街」は命の気配に満ちていましたが、それは彼の命への願望、つまり夢の表れだったのでしょうか。

 しかし、「小さな家」の枯れ果てて寂れ果てたその姿は、少年にとってそれが完全に過去のものであると突き付けているようでした。特に写真を見たシーンでは写真の中から少女が覗き込んでおり、少年は写真の中の存在=過去の存在であることを痛烈に指摘しているように見えます。

 そこで何となく自身の真実を感じ取ったのでしょうか。急かすように雨が降り始め、「雨の街」に移ります。これは「はじまりの街」と姿が酷似していますが、おそらく同じ場所と見て良いでしょう。唯一命を感じられた街がその機能を停止する(旅の記録の街灯が消える描写より)ことで、少年の死が避けられないものであるという真実を伝えたのだと思われます。

 それでも少年は、彼自身の記憶から家族との幸せな日々という夢を手にした結果として、死の闇に落ちるのではなく「新たな未来」へ向かうことができたのでしょう。死を避けるという夢から、死を越えるという夢への変遷を感じるエンディングでした。

 

 しかし、どちらの場合も、そこへ至るまで共に居てくれた猫とは残念ながら別れなくてはならなかった。更にあの世界へ戻ることは、おそらくもう叶わない。瞳から自然に零れ落ちた涙は、その寂しさが滲み出ているように思います。

 

  そして結局明確になっていない、両者のその後。

 旅路においても、エンディングにおいても、二人が出会う描写はありませんでした(唯一、少年が「小さな家」で写真を見たシーンがニアミスっぽいですが)。「はじまりの場所」のムービーで、ピアノを弾く母に懐く二人の姿があったので、本当はどちらか一人しかいない…なんて事は無いのでしょう。もしかすると単純に、二人が再会できたかどうかはストーリーの方針上プレイヤーの想像に任せるレベルで十分と判断されているのかも知れませんね。私の解釈である「死を受け入れて尚新しい未来へ」という流れにしても、二人が同じ未来に合流しているかも知れないし、少年の未来では二人が再会できて少女の方では少年が行方不明のままかも知れないし。でもそれは確かにOp.2の外の話ではあります。

 

 「小さな家」も二人のルート上では印象深い存在でしたね。

 おそらく二人の生まれ育った家と見て良さそうです。この世界での夢のような旅路において、各キャラクターは自身の死という真実に辿り着くようになっていますが、二人にとって今の自分を知るために、実家という存在は必要不可欠だったのでしょう。実際に時々帰省すると、自身の状況を客観的に見つめることができる気がします。

 

 

 

 そして、猫は闇の中に残り続けます。

 旅路で出会ったそれぞれが次なる未来へと去り行く中、猫は何を思うのでしょうか。

 …猫は、何を成そうとしているのでしょうか。