『ノスタルジア』の落書き帳

音楽ゲーム『ノスタルジア』に関して考えていることを、ちまちま書いていきます。一応Twitterもあります→@crt14display

『ノスタルジアOp.2』のストーリー考察記録・再1/2

※この記事は音楽ゲームノスタルジアOp.2」のストーリー内容に関して、個人的な考察を記録する内容となっております。攻略情報や今後の更新予定などにつきましては、「Bemani wiki 2nd」、詳細な曲紹介を含んだ情報なら「ノスしるべ」の閲覧をお勧めいたします。私も非常にお世話になっております。

 ※ストーリーを完結させた状態での考察となっております。つまりネタバレ全開となりますので、現在進行中の方はご注意ください。特に記事の序盤から核心に触れる内容となっております。

※解釈については「これが正解だ」と主張するものではなく「この線ならある程度以上筋が通る」という観測に基づくものです。恐縮ですがご留意願います。また、以前の記事の内容に対して矛盾や大きな変化が見受けられるかと思われますが、こちらが最新版ということで改めてお読み下されば幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ノスタルジアOp.2』というストーリーがついに完結し、改めて全体像を眺めることができるようになりました。「はじまりの場所」にて力尽きた猫から現れたあの光は結局何だったのかが推測しきれていなかったためか、今振り返れば最初の記事に書いた考察は色々とズレていたなと思っております。が、ここでそのズレっぷりを書き立てる意味は無いかと思いますので、早速今の段階での考察を書き並べてみたいと思います。

 あと、せっかくなのでこの記事ではエンディングで示された全員の名前を使用したいと思います。(一応並べてみますと、猫=ニコ、少年=エル、少女=アル、ロボ=マナコ、ペリカン=パタ、です)

 

 さて、全ての始まりは「愛」を十分に知る前に(おそらく唯一の家族であろう)母を亡くしてしまったニコの、愛への強い願望なのだと思います(ちなみに母と判断しているのは、子猫の世話は母がするという猫の習性によります)。ムービー中ではその願望が光となって「はじまりの場所」のピアノに宿りました。

 そこから始まる旅の世界そのものについては、最後の解禁曲「voca Nostalgia」のコメントで「郷夢の世界」という言葉が出てきますが、ニコ自身が愛という願いを叶えるために導かれた世界だと言えそうです。別の言い方をすれば、ニコ自身によって創造された世界ではなさそうだ、ということです。

 と言うのも、「郷夢≒記憶」という点からこの世界が記憶に基づいているのだとすると、旅を共にした面々に関する記憶はニコには恐らく無いからです。「はじまりの場所」のムービーを見る限り彼らとニコが直接触れ合った描写が無い以上、初対面はこちらの世界なのでしょう。彼らもまた、導かれた存在だったと言えます。

 ではそれを成したのは誰なのか?つまり、全てのキャラクターと接点があったのは?

 唯一、駅のピアノだけです。

 エンディングの最後で母がピアノの上で皆を見守っていたことを考慮すると、道半ばで我が子を残して死んでしまった母に請われてこちらの世界へ一足先に移り、ニコの着地点となってくれたのかも知れません。ともすると母もピアノと一緒にいたのではないでしょうか。

 最初からずっと。

 

 さて、「はじまりの場所」には「最果ての研究所」へ繋がる階段もありました。が、旅の最初はこの繋がりどころか研究所すら無かったのではないかと思います。郷夢の世界は旅の世界となりましたが、本来は母もピアノもそのつもりはなかったのでしょう。死によってさ迷い出たニコの願望を、こうしてキャッチできたのですから。

 で、これで安心と思っているところに、ニコがあろうことか外に出ることを望んでしまった…という流れを考えています。何故外を望んだのか?幼いニコにとって、母が死に自分も死んだピアノの側に居た所で、得るものがあるなど到底思えなかったでしょう。

 新たに目覚め、おもむろにピアノの鍵盤に触れると旋律が流れ、ニコから現れた光が再び姿を見せます。これを見た後で列車が来るわけですが、自分が何を求めていたかを確認したニコが外へ向かおうとする気持ちに応えたものなのでしょう。 以前から人々を運んで行き交う列車を見ていた経験から、列車を派遣したのはピアノだと思われます。車掌が猫の姿をしているのは、ニコの認識能力が反映されたものでしょうか。

 それにしても、何故外へ向かうニコを引き留めず、むしろ送り出すようなことをしたのかですが、おそらくはピアノと母の判断として、それが今のニコに必要な経験だというものがあったのでしょう。

 

 

 とは言え、幼いニコをどう導けば良いのか?「はじまりの場所」に求めるものが既にあることを、どうすればニコに実感として分かってもらえるだろうか?

 その試行錯誤の場所として、「最果ての研究所」が新たに創造されたと考えられます。

・目的は、ニコに愛の在りかを知ってもらい、その上で戻ってきてもらうこと。

・(身も蓋も無い言い方をすれば)必要なスタッフは、愛について知っており、かつ求めている死者。

・必要な機能は、願望の具現化。

 そして、条件に合う者を探した結果として最初に見つかったのが、エルとアルの双子だったのでしょう。しかし、ニコに対する方針上直接干渉するのは避けたかったようで、ピアノと母が実行したのは、ニコと出会うようにこの世界に導くことと、行きたい所を用意し、運ぶことだけ。

 かくして、「ノスタルジアOp.2」の幕が開けた……そんな所でしょうか。出会う人々に、愛はどこかとニコが問う。問われた彼らの心に様々な願望が浮かび、研究所が呼応して島となり、訪れて心が動き、次の島が創造される…これが旅の流れだったのでしょう。

 さて、創造された島には、2つの種類があったようです。一つは、「こういう日々を送ってみたかった」という喜びへの願望による島。もう一つは、「失われた現実を取り戻したい」という未来への願望による島です。双子の場合を見てみましょう。

 

【エル】

・喜びへの願望:「はじまりの街」「旅立ちの海」「砂の国」

・未来への願望:「小さな家」「雨の街」

エルの場合、喜びとは「活力と冒険に満ちた日々」であり、未来とは「家族との幸せな日々」であったようです。活力と冒険の要素は、不運にも自身に訪れた突然の死への抵抗だったのかも知れません。

【アル】

・喜びへの願望:「目覚めの森」「風の丘」「水晶の谷」「小さな家」

・未来への願望:「小さな家」「真夜中の湖畔」

湖畔での回想から、アルにとっての喜びとは「過去の過ちから遠ざかる」ことと推測しています。それでもなお、やはり「家族との幸せな日々」を取り戻したかったのでしょう。家を両方に含めたのは、どちらの要素も含んでいると考えたためです。

 

 未来への願望に対して、研究所の機能の限界が見えてきます。そもそも郷夢の世界が記憶に基づくものであるため、現実の未来を描くことはできないのです。結果として、乗り越えるべき現実を示すに留まったと言えるでしょう。しかし、その過程を通して旅人たちの奥底に根付いた何かが見え、ニコに新たな気付きを与えます。 

 双子との旅を通して見えたのは、「愛の在りかである母を求める心」。経緯は違えど、死してなお愛を求めるとき、その向こうには母の姿があったのです。

 自らの死に関わらず、母から愛を得ることができるのだと、ここでニコは気付いたのでしょう。

 …とは言え(これは後の展開からの推測に過ぎないのですが)「でも、どうやって?」とニコは戸惑ったことでしょう。触れることも言葉を交わすこともできない母と、どうやって心を通わせればいいのか、ニコは知りません。というか、気付いていません。

 研究所は悩みます。頭を抱える母の姿を想像すると失礼ながら可愛らしいですね。

 新たなスタッフを呼ばなければならないようです。五感を越えた心という感覚だけで通じ合えることを示すに相応しい死者……。

 いました。

 むしろ心という存在を認識されなければ、空しく捨てられてしまう者。

 ロボ。その名はマナコと言いました。

 

 マナコの場合、現実世界にて先に棄てられていた先輩ロボが再起動するという他には無い出来事が起こります。同じく棄てられてしまった自分はどうすればいいのか、先輩に答えを求めながら力尽きて行ったのかも知れませんね。なので「忘れられた廃棄場」でニコと出会い、愛を知る方法を聞かれても答えられず、先輩を再起動することから始めたのでしょう。

 そして先輩はその指先で行くべき所を示してくれます。結局は「あなたの望む方へ」ということなのでしょうけれど、行く先のできたマナコたちのもとに列車がやって来ました。

 マナコの望みと島々の関係は、おそらく以下のようになるでしょう。

 

・喜びへの願望:「忘れられた廃棄場」「おもちゃの王国」

・未来への願望:「眠らない工場」

王国にてかつての日々の喜びを思い出し、そこから他者との心の繋がりを再開したいという未来への願望に発展したと考えられます。

 

 王国でのムービーの最後では先輩の姿を思い浮かべている所から、一緒に連れて行きたいという新たな望みも生まれていることが見て取れます。が、工場では、目の前の楽しみを追うだけでは見落としてしまう、向き合わなければならない現実があることをまざまざと見せつけられます。

 心を通わせる相手がいなければ、自分はただの物である……そんな現実を突き付けられて、しかしマナコは抗ったようです。それでも主人と過ごしたあの日々の記憶は嘘ではなかったのだと、たとえ誰にも気付かれない年月が続くとしても、ここに在る心が繋がりを求めて…そう、パルスを発し続けていれば、また新たに繋がりを得ることができるのだと。

 ニコは新たに気付きます。自分にも在るこの心で母に呼び掛け続ければ、それで叶うのだと。

 

 これで解決できたと思いきや、またも否。

 (これも後の展開からの推測ですが)ニコは一つの、重大な違いに気付きます。

 エルとアルの母、マナコの主人は、おそらく今も生きています。少なくとも、旅人たちの生前に亡くなっていることは確認できません。一方で、ニコの母は目の前で確かに亡くなってしまいました。

「これは大丈夫なのか?いくら母に呼び掛けても、その母が生きていなければ意味が無いのではないか?」

 ペリカンであるパタが導かれて来た理由が、この疑問にあるような気がします。

 もしかすると「今更それで悩むの!?」と思われるかもしれませんが、これを分かっていればニコが「はじまりの場所」を離れることもなかったでしょう。ともあれ、研究所としては対応が必要となります。

 たとえ自分以外誰もいなくなってしまったとしても、心で繋がり合えるという事実を示せる存在。

 ピアノの記憶にあったペリカンは、長い時を経て生まれ直す必要がある状態にいたようです。周りに誰もいないどころか、自身の記憶もまっさらな状態。しかし存在の奥深くに、愛の在りかとそこを求める願いが命を越えて本能という形で刻み込まれており、それは郷夢の世界に導かれるに相応しいものでした。

 パタの願望と島々との繋がりは、以下のようになるでしょう。

 

・喜びへの願望:「化石の砦」「雲のエアポート」

・未来への願望:「化石の砦」「試練の活火山」

パタにとっての喜びとは鳥としての自分を目一杯生きることで、ニコに対する刷り込みのような懐き方もその一環だと感じられます。一方でパタにとっての未来は、親との愛ある交わりに満ちた群れの中での生活だったのでしょう。それらは全て卵の中にいる時から備わっていた、命を越えた記憶であったであろう所から、砦を両方に含めています。

 

 結果として、パタは群れに辿り着くことができず、火山で壮絶に燃え尽きてしまいましたが、たとえ不確かなシルエットの形であっても生後誰にも教わっていないはずの愛の在りかを見出だし、確信してそこを目指すパタの姿から、生死に関わらず心は繋がり合うものだとニコは実感として学ぶことができたでしょう。

 

 これで、ニコにとっての全ての鍵は揃ったようです。 

 生き方によらず、愛の在りかが母にあること。

 心から呼びかけ続ければ繋がりに辿り着けること。

 生死は一切関係ないこと。

 

 ここまでのそれぞれの旅路の最後に「minne」の旋律が流れたのは、母とピアノが最終的に伝えたかったメッセージに辿り着けたことの表れだったのでしょうか。

 やがて「最果ての研究所」に辿り着くわけですが、ニコは不意にそこで目覚めており、何らかの移動手段を使った描写もありません。研究所の最後の機能として、ニコを呼び寄せたのではないでしょうか。部屋の中に映る様々な島の模型は、すでにその使命を終えたように静止して見えます。

 奥には外への扉があり、「はじまりの場所」に繋がっているのはご存知の通りですが、この扉の存在が最初に言及した「ニコに必要な経験をしてもらう」母とピアノの想いの表れだと捉えています。4つの光はニコが愛を知るために学んだ事柄であり、扉を開く鍵にもなりました。

 そして、開いた先にあるものはニコにとっては自明の理だったでしょう。

 降りた階段の向こう、「はじまりの場所」というゴールに、ニコは遂に辿り着けたのです。

 ピアノから現れた光、最初に自分を旅に導いた「愛を得たいという願望」。

 もうその必要なないんだよ、とニコが呼び掛けたのでしょうか、光はニコの手の中に収まったのでした。

 

 長くなりましたので、この先の考察については「『ノスタルジアOp.2』のストーリー考察記録・再2/2」に記したいと思います。